イジャンヒョンとイデグン
大根役者の素性に関して

80年代韓国ヌーベルバーグの中心人物ぺチャンホ監督の1984 年作品「鯨とり(고래사냥)」といえば、言わずと知れたコーリアンスリーサムロードムービーの傑作としてイジャンホの「馬鹿宣言」、イマニの「森浦への道」などと並び、いまでも相当に名高いわけだが、この映画、国民俳優歴四半世紀=安聖基のペシミスティックな脱力コメディ演技の冴え渡りぶりもさることながら、辺境の牛島から無策定上京してまんまと淪落の罠にはまり込んだ純朴田舎娘李美淑を、無理やり監禁暴力支配するソウル暗黒売春窟経営者役李大根その人の脂臭い存在感は筆舌に尽くしがたいものがあり、その男子の色香たるや、実はこれ、男の俺が見ていても思わず勃起してしまうほどのいい男っぷりだったと言って差し支えない。


映画「鯨とり」終盤部での李大根
あっさりと逃亡者を許す寛大な売春宿経営者を演じる

いわば「鯨とり」はそれまでバリバリに主演を張りまくってた李大根が、その実、脇固めもできるオールマイティー役者ぶりを世に知らしめるきっかけになった映画とも言えるかもしれん。やはりこの人その名前、李大根と書いてイデグンと読むんだが、俳優にとって芸名が大根とはこれどう考えてもまさに致命的なバッドネーミングに他ならず、果たして韓国にあっても日本同様センスのない下手な役者を指して大根と呼ぶものなのかどうなのかはいまのところ定かじゃないんだが、ま、大根はさすがにまずいよなーと、当の李大根も周りに言われてひょっとしたらその事実にうすうす気がついていたのかもしれない。

そしてしかるべくしてそうなったのか単なる気まぐれなのか、彼は1977年頃一度改名して李章玄(イジャンヒョン)という名で一時期テレビドラマに出演していた形跡がある。その後その名前を再度李大根に改名宣言したという話も出てきてないので、座りが悪くて自然に元に戻ったのか、それとも何か深いわけでもあったのか、真相はやっぱりまるでわからない。そのうえさらに不思議なことには、この時期すでに主演で30本以上のキャリアを誇っていた映画作品において、彼は一度もイジャンヒョン名義で作品にクレジットされたことがない。テレビタレントとしての活動と銀幕での俳優稼業を厳格に区別するために敢えてそうしていたのか、それとも別の込み入った事情があったのかそれすらも当然わからない。

19770328
李大根改名を伝える新聞記事
1977.3.27 京郷新聞
(同記事中ピョンヒボンの改名も伝えられている。)


19780130
林芸眞と共演した1978年のMBC連続ドラマ「南風」

このへんのいきさつ、実はネットで検索しても一向に出てこないし、俺の中ではますます謎が深まるばかりなのだ。気になりすぎて、いっそ韓国の本人宅まで出向いて思い切って直接聞いてみようかと思ってるくらい気になっている。こないだブログに書いた、まれに見る韓国任侠映画弩級マニア、通称大田の女野生馬=ナンシー李某(推定体重95キロ)でさえ、李大根の過去改名事実を俺に教えられて初めて知ったと驚いていたほどだしな。

まあそんな感じで分からないこともやたら多いがゆえに俺のスーパーディープで極めて個人的な韓流研究および韓国現代演芸史散歩の一連作業はいやおうなく面白くてたまらんのだが、もしこのあたりの事情を知ってる人がいたら(出典つきで)ぜひ教えてほしいなと思っている。

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くじらとり

そんでもって「鯨とり」と「李大根」といやあ、所謂韓国映画通を自ら名乗る者がどうしたって念頭においておかなきゃならないのは、1975年に彼が主演した「乞食王金春三」という案外忘れられがちな一本の作品の存在である。正直言うと「鯨とり」に関しては、ラストであっさり李大根一味がせっかく追い詰めた主人公たちを簡単に許してしまうあたり、俺的にはこりゃなんだか拍子抜け、御伽噺みたいで見てられねえなフフフ…と感じてしまったのは事実だが、しばらくあとになって偶然「乞食王」を見、ぺチャンホ「鯨とり」におけるラストの意外なキャラ豹変ぶりの必然性が漠然とだが分かったような気もしたんである。

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開封1975年12月

結局この人、どこまで言っても徹底して非情な悪役というのは絶対無理で、というか当時の映画観客や製作者が李大根のキャラクター造型上それをけっして許さないみたいな雰囲気がもともと醸成されていて、芸域の重心をひとつの典型の中に据えて演じてゆかざるおえない宿命におのずと本人も苦しんでいたのだと思う。もちろんこのあたりのジレンマ、図らずも役の幅が限定されてしまうことになるために、同時代の韓国役者が一様に抱えていた職業的苦悩?ではあったのだろうが、反してそうした不自由な配役ジレンマの敷居をやすやす乗り越え、軽薄に重心を揺らしつづけることでさまざまなジャンルを器用に横断してみせた子役出身安聖基は当然のことながら偉いに決まっている。当時李大根やそのほかの既存の役者連中も後発安聖基に焦ったりびびったりして日夜身悶えていたにちがいないだろう。

で「乞食王金春三」がどういう内容の映画なのかというと、これ実在の乞食出身社会運動家金春三(注1)の実話をベースにした一代記ものであって、ソウルの某河畔に巣食う惨めな少年乞食のひとりにすぎなかった孤児春三が数々の苦難を乗り越えて成長し、やがては乞食集団の頭目へと成り上がり、自活開墾事業団を仕切ってヤクザ相手にビシバシやったり、うっかり女に惚れたりもしながら、あげく乞食世界のたたきあげ超大立者になっちゃってなんていう、絵に描いた様に生臭いビルドゥングス・コーリアンロマン作品とも読み取れるわけだが(ただし配下の乞食連中数十人と置屋の売春婦数十人によるはちゃめちゃな合同結婚式という出だしからもうすでに十分狂ってはいる)、じつは「鯨とり」のぺチャンホ、意外にもこの作品からちゃっかり重要な部品をいくつか拝借してきていることは見るやつが見ればかんたんにわかるはずだ。


乞食王 金春三 1975
거지왕 김춘삼



売春婦と乞食たちのランチキ合同結婚式


「乞食節」を気に入られ、乞食の大将に弟子入りする幼少の春三


ヒラ乞食どもから容赦なく上前をはねる中間管理乞食


惚れた女にゃ滅法弱い


意味もなく上半身裸対決


一升瓶の焼酎をラッパで一気呑みは当然中の当然


開墾現場の海岸で泥まみれの決闘


「映画は映画だ」のチャンフン監督が30年後に引用した名シーン


おんどりゃーーーー

出鱈目でエロで子供じみてて低予算で脚本も破綻している部分もあるにはあるが、なんだがこれ、説明不可能な荒ぶる熱気と中進国時代の韓国が持っていたであろうしみじみするよな汗臭さ、大蒜臭さ、ドブ臭さ、人間臭さを嫌というほど堪能できる代物で、俺はこれまで幾度見直したかわからない。ま、いままでに俺の心の琴線を弾いた数少ない韓国映画のうちのひとつであるのだと言えような。古ビデオ店なんかを探せばまだどっかにVHSが眠ってると思うんで、「鯨とり」で李大根を知った人や興味のある人は暇だったら一度見てみたらいい。見る価値はないが、見る価値はある。ま、そんなところだ。

注1 金春三(김춘삼)

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1928年平安南道徳川で生まれた金春三は8才の時大田に住む生き別れの母をたずねる旅の途中「乞食の世界」に入門した。もって生まれた糞度胸で20代のときには全国の乞食を統率する「乞食王」として君臨した。金春三は「将軍の息子」金斗漢、「シラソニ」李聖淳など当時の代表的任侠とも交流をもった。朝鮮戦争後にはソウル・大田・大邱・光州などに孤児院を建設、孤児救済事業の先頭に立ち、自活開拓団を組織して乞食の自活にも注力するなど社会事業に積極的であった。その生涯は自伝「乞食王金春三」に詳しく語られ、1975年に李大根主演で映画化。1999年に「ワンチョ(親分・왕초)」の題名でテレビドラマ化(MBC)された。2006年死去。

거지왕 김춘삼 잠들다 : 2006.10.27 한겨레




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第48回大鐘賞 映画発展功労賞 李大根
2011.10.17 世宗文化会館


이대근, ‘대종상영화제’ 영화발전 공로상 수상 2011.10.17 ヘラルド経済








 

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    4
    • 명동군's comment
    • August 31, 2012 12:23
    • > すでにご存知でしたらごめんなさい。最近みょんどん君ファンになった者です。
      >
      > 本人ロングインタビューの記事。
      > http://www.designmuseum.or.kr/sub/sub7_1.asp?mode=view&idx=103
      > クンオモニがつけてくれた、日帝時代に生まれたから日本風の名前をつけられてしまったとか何とか書いてあります。大根だから嫌というより、大きい根、とスケール大きい名前だから負担があった、とか。
      > 本人は大根役者という意味を知っていたようです〜。


      コメントありがとうございます。
      これはビッグな情報ですねえ。
      このインタビューまったくスルーしてました。
      ブログやってて良かったなー。
      りうめいさん、こんごともご指導よろしくおねがいいたしまう!
  1. 3
    • 名無し国際空港's comment
    • August 30, 2012 12:22
    • 承認制ですかね?消えてないといいですが。
  2. 2
    • 名無し国際空港's comment
    • August 30, 2012 00:33
    • あれ?
  3. 1
    • りうめい's comment
    • August 30, 2012 00:31
    • すでにご存知でしたらごめんなさい。最近みょんどん君ファンになった者です。

      本人ロングインタビューの記事。
      http://www.designmuseum.or.kr/sub/sub7_1.asp?mode=view&idx=103
      クンオモニがつけてくれた、日帝時代に生まれたから日本風の名前をつけられてしまったとか何とか書いてあります。大根だから嫌というより、大きい根、とスケール大きい名前だから負担があった、とか。
      本人は大根役者という意味を知っていたようです〜。
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  • Kim Myung-Gon Sound Vol.1
    23 tracks, total time: 1:49:47

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    Rose - Sarang Gwa Pyunghwa 1979
    Dokdo Is South Korea Land - Jung,Gwang-Tae 1982
    Ave Maria - Sarang Gwa Pyunghwa 1978




    All songs arranged & performed by
    Kim,Myung-Gon (1952-2001)



    https://soundcloud.com/koreastationnouveau/sets/kim-myung-gon-sound-vol-1







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