일제 강점기의 '춘일정' 유곽
日帝強制占領期の「春日町」遊廓

大田春日町

매춘은 늘 있어 왔다. 그러나 한국에서 성매매집결지인 집창촌, 즉 유곽(遊廓)들이 생겨난 것은 20세기 초이다. 주로 인천, 군산과 같은 개향지 일본인 조계(租界)에 처음 생겨나기 시작한 유곽은 철도부설과 함께 내륙의 철도역 인근으로 진출하였다. 대전 역시 대전역 앞 춘일정, 지금의 중동 10번지에 유곽이 만들어졌다.

기록에 따르면 1930년 대전 춘일정에는 모두 10개의 유곽에 52명의 접대부가 있었다. 그리고 접대부 가운데 32명이 일본인 여성이었고, 나머지가 조선인이었다. 유곽에는 여성들이 사진들이 내걸려있어, 남성들이 사진을 보고 유곽을 골랐다고 한다. 화대는 보통 2원이었고, 숙박까지 할 경우 6~7원 정도의 돈을 내야했다.

엽서의 “신지(新地)”라는 글자는 일제시대 유곽을 뜻하는 표현이었다. 해방 후, 일본인 포주와 접대부들은 모두 대전을 떠났다. 그러나 그 후에도 중동 10번지 일대는 누구나 알만한 대전의 유곽으로 남아 서서히 쇠락의 길을 걸었다. <글과 엽서의 저작권은 대전시청에 있습니다>

http://www.cctoday.co.kr
2012.1.28 충청투데이 


売春は不滅である。韓国において性売買集結地=集娼村すなわち遊廓が成り立ったのは20世紀初頭のことだ。主に仁川、群山のような開港場の日本人租界に初めて姿を現した遊廓は、鉄道敷設にともなって内陸部の鉄道駅近隣に進出しはじめた。大田駅前春日町、現在の中洞10番地に遊廓はつくられた。

記録によれば1930年、大田春日町には10軒の遊廓に52名の接待婦がいた。接待婦のうち32名は日本人女性、のこりは朝鮮人であった。遊廓には軒ごと女性の写真が飾られており、男性客は写真を見ながら品定めをしたのだという。花代はショートが2ウォン、泊まりで遊ぶ場合には6〜7ウォン程度かかった。

はがきに書かれた「新地」という文字は日帝時代に遊廓を意味した言葉である。解放後、日本人経営者と接待婦は皆大田を去った。しかしその後も中洞10番地一帯は誰もが知るテジョンの遊廓として生きのこり、やがて徐々に衰落の道をたどっていった。

2012.1.28 忠清トゥデイ
絵葉書で見る100年前の大田 

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美人一笑に費やした
21万ウォン

昨年一年間、大田春日新地の
遊廓だけでの売上は13万3890ウォン。
料理店の売上が7万7093万ウォンで
合わせて21万1883ウォン51チョン(銭)。
昨年にくらべてやや減ったものの
遊興した人の数は、日本人20405人、
朝鮮人713人、西洋人8人の計21136人。
日収にして、毎日603ウォンの巨額に達したという。

1922.2.27 (大正11年)
東亜日報

19220227


(現在の大田市東区中央洞は)
1895年(高宗32)に懐徳郡山内面および外南面に定められて以降、1914年の行政区域統廃合による懐徳郡廃止にともない、新設大田郡大田面に編入、大田里、水砧里の地名を経て、本町一丁目・春日町一丁目・栄町と呼ばれるようになった。
1917年あらためて大田里地域は本町一丁目・二丁目・春日町一丁目に分割された。京釜線と湖南線開通後、1920年前後の都市計画事業で大田駅を中心に直交型の道路網を備えた新市街地が造成され、現在の中央洞と仁洞一帯を日本人が占拠、日本風の市街地いわゆるニホンマチが形成された。

...1946年日帝残滓清算の一環で町を洞に直す際、本町一丁目を元洞、本町二丁目を仁洞、本町三丁目を孝洞、栄町一丁目を貞洞、栄町二丁目を三省洞、春日町一丁目を中洞にそれぞれ改称。さらに1971年大田市出張所設置により元洞・仁洞・孝洞は東部出張所、貞洞・中洞は北部出張所の管轄区域となり、1977年の区制実施で全て東区に編入された。その後1998年の行政洞統廃合により中洞・貞洞・元洞を統合、大田の中央部に位置することから、洞名を中央洞とし今日に至っている。なお行政洞である中央洞は法定洞である中洞・貞洞・元洞によって形成されている。8・15光復以降、市場と商街が密集して以来、大田の商業中心地になり、大田常設市場と元洞の大田百貨店、中洞の洪明商街などが当時から存続している。

NAVER百科事典「大田広域市東区中央洞」





みょんどん君のテジョンのダークな印象論
 ”大正時代の朝鮮遊廓で
   一度は遊んでみたかった


植民地朝鮮での遊廓遊び
が当時どれだけ贅沢だったかは知らないが、現代の下賎な置屋のショートに引き直すのは無理もあろうから、江南のテンプロ級ルームサロンに匹敵するものとこれを仮定すりゃ、実勢価値は現在の10万分の一程度になるのかそうでもないのか。ま、泊まりで6〜7ウォンとあるし、妓を指名して飲み食いして従業員や遣手ババアに心付けでもすりゃたちまち20ウォンはくだらなかったことだろう。いまの感覚だと200万ウォン線?それ以上?当時植民地ジャパニーズ高位層諸君の財布の無闇な分厚さとキチガイじみた郭に於けるイケイケ具合が安易に想像できるようだ。併合10年、まさに植民地バブルの天井期、さぞや甘い汁吸ってのぼせ上がっていたことだろうな。

それで、このブログでかつてテジョン(大田)については「案外淫風香ばしき歴史ある歓楽都市」かつ「テグほど精子臭くもないが光州ほどプラスティックでもない...なんだかそんな感じの地味都市特有コンサバ風情をただよわせつつも、意外に隅には置けないあけっぴろげなエロ風雅をも醸す場所」であると俺は語ったりしてるのだが、これ結構いいとこ突いてると自分でも思うね。やっぱ俺は土地を読むセンスがある。なんならこんど不動産の資格でも取ろうかな。

daejon kissbang
大田市内キスバン広告

で、実際に過去遊廓地だった場所歩くと、ほかの朝鮮遊廓遺構の例にたがわずダークで陰性な淫猥臭が地面から強烈に立ちのぼっており、印刷工場やら駐車場に姿を変えてはいるものの鼻が利くやつには必ずわかる。100年程度かそこいらで土地の匂いはけっして消えたりしないものなのだなあというのがしみじみ実感できるわけだ。強制占領当時の痕跡はわずかに残る日本式家屋が幾度かリモデル繰り返して辛うじて生きながらえているぐらいでほぼ皆無なんだが、周辺に腐るほど存在する古い旅館・旅人宿・モーテル (おおむね70〜80年代築)などに於いては100%近い確率で悪辣な性の交易が昼夜を問わず公然と行われてる。

したがってここいらを彷徨き回ろうとする初心者や心の準備のない者は矢張り念のいった注意力と判断力が必要だ。健全で曲がったことの嫌いな旅行者や馬鹿はけっして近づくべきではないと俺は進言する。しかしその反面、夜の怪しいおばあさんにうっかり腕をとられて恐ろしの淪落部屋に半ば積極的に引きずりこまれるという危険体験も、これ筆舌に尽くし難いほど甘美かつ貴重なテジョン個人旅行のエピソードとなること請け合い。

あなたがどうなろうと俺の知ったことではない。


anjungae
EBS「韓国紀行」大田編EP4。2012年1月19日放送。
かつて「大田ブルース」を唄った往年の美人歌手
アンジョンエお婆さんが大田駅周辺を歩くの巻。

・・・ま、印象論ではあるが、
大田はほかの広域市級の都市とはある種異質な空気が市域全体を覆っている。性風俗を例に挙げてわかりにくく説明すると、ここ、新種の最前線エロ風俗が新市街のそこここを割拠するかと思えば、一方ではソウル場末並みのハード系クラシック性風俗がいまだに中心部でぶいぶい幅をきかせて盤踞する謂わば時代錯誤の土地でなんである。例えれば昼は21世紀で夜は7080年代が案外平気でまかり通る。アガシらも地元産のピチピチビッチというよりはどちらかといや、もはや塔が立ち果ててソウルから都落ちしたのであろう妖艶かつ塩味の効いた386アガシが主流。当然まごうことなき弩級のストロングスタイルがサービス水準にもおのずと期待できる土地である。

それはあたかもソウル側とプサン側の双方向から淫風に載って運ばれてきたゴミやチリ滓がいつしか柳等川にヘドロの淀みをつくり、ブクブクと泡を立ててくさいガスを吐いているような―― 大田広域市住民や関係者にはたいへん失礼だが、そんな街であると表現せざるをえない、というのが素直な俺の心境である。

ま、その他具体的な街の様子やいやらしいスポット探査に興味ある下衆な向きは下記の関連リンクを訪ねれば、もしかするとお望みに近い情報が拾えるかもしれない。保証はしないがね。

ぐえーへっへ





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    1
    • へべれけ's comment
    • February 01, 2012 19:06
    • 遊郭を写真撮影するツアーというものがイルボンにはあるが、
      それに近いサイトがこれなので、興味本位と暇つぶしと自分の低学歴を
      満足させる趣味に万歳している今日この頃。

      キスバンも地の言葉がわかればたいしたものではない。
      テハンミングクの夜の街は日帝の残滓だといいわけしても
      またこりもせずにかよう皆様、ごきげんよう。
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  • Kim Myung-Gon Sound Vol.1
    23 tracks, total time: 1:49:47

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    Round And Round - Nami 1985
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    Shake Your Booty - Sarang Gwa Pyunghwa 1979
    Fire, Come Together - Sarang Gwa Pyunghwa 1979
    Birthday - Garam Gwa Mae 1978
    Blue Jeans - Black Butterfly 1981
    For Elise - Sarang Gwa Pyunghwa 1979
    After You Leave Me - Jang,Deok 1986
    Love Feeling - Yoon,Ik-Hee 1991
    The Rain Pours Down - Sarang Gwa Pyunghwa 1979
    Silent Night Holy Night - Seoul Nageunae 1976
    Jingle Bells - Seoul Nageunae 1976
    Wandering - Gu,Chang-Mo 1986
    Symphony No.5 - Sarang Gwa Pyunghwa 1978
    Temptation - Lee,Jae-Young 1990
    Flying In The Deep Night - Lee,Mun-Sae 1987
    A Day Of Sunrize - Seoul Nageunae 1976
    Balloon In My Heart - Seoul Nageunae 1976
    NoNoNoNoNo - Ha,Soo-Bin 1992
    Rose - Sarang Gwa Pyunghwa 1979
    Dokdo Is South Korea Land - Jung,Gwang-Tae 1982
    Ave Maria - Sarang Gwa Pyunghwa 1978




    All songs arranged & performed by
    Kim,Myung-Gon (1952-2001)



    https://soundcloud.com/koreastationnouveau/sets/kim-myung-gon-sound-vol-1







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