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HouseRulez ”Reset” Aug.2012

鯨とり/고래사냥 - House Rulez

하우스룰즈

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houserulez

小森アレキサンドルの
偏執的KPOPER西


俳優河載永といえば、「冬のソナタ」で崔志宇が演じた主人公の死んだ父親役、もしくは「天国の階段」でも同様に崔志宇演じた主人公の父親役として、いわゆる韓流好きらやドラマ好きらの間では一度はその顔に見覚えあるものと思われる。しかし、はたしてその名前まで知っている者がニッポンの韓流好きに多数いるかどうかは少々怪しい。ちなみに俳優河載永の実娘は老舗コーリアンガールグループ=ジュエリーの後期加入メンバーで、ラッパーのBABYジェイ河珠妍だったりするのだが、これもまあ多少のKPOP好きなら、その程度の事情誰でも知っているはずだろうから、俺あまり深く突っ込むつもりもない。それよりも、ところで藪から棒にお前なにゆえいきなり河載永なのか、と不意に問われれば、それはもう、表題に掲げた

HouseRulezによるクラブ風「鯨とり/コレサニャン」Feat.宋昌植を語り始めようとするには、河載永デビュー作にして現在に至るまでの彼の代表作と言って差し支えない「馬鹿どもの行進」なる1975年開封された一本の映画および、それを作った河吉鍾という早死した映画監督についてひとたび触れておくのは、これ何よりひとつの礼儀であり、ひとつのRuleであるとも言えるのではないかと俺思うのだ。

米国南カリフォルニア大の映画学科でフランシスフォードコッポラと同窓であったという河吉鍾は、1972年から79年という短い実働期間中わずか7本の作品を残しだけであっけなく早死してしまったが、当時の韓国強圧独裁政権下で闊達に映画製作のフリーダムを実現させるためには、脚本を含めた事前検閲制度や、観客のレベルの低さ、コスト調達その他、もろもろの面での大変な苦労があったものと想像する。彼の死因は公式には脳出血とされているのだが、映画製作における心労とそれを紛らすための日々の過剰な飲酒、慢性化したジレンマによって身を滅ぼしたとするのが本当のようである。

hagiljong
河吉鍾 1941‐1979
コッポラとUCLAで同窓ということはジム・モリソンとも同窓。
ジム・モリソンも長生きしなかったんだな…

余談だが、河監督の弟はその主な作品で主演をつとめた河明中という人で、この人も兄の死後監督業にうってでて数々の秀作を残しているのだが、近年復活するまで15年近い長いブランクを経験した。さらに余談だが、河吉鍾の奥さんは田彩麟というフランス文学者で、サンテグジュベリやボーボワール、モーリアックなどの翻訳で名高い人物である。また、さらに重ねて余談を云えば、その田彩麟のお姉さんは60年代韓国を代表する進歩派女性で、いまだにその評伝が若い女性に読まれ続けている田惠麟という人。この人は31歳の若さで睡眠薬自殺して韓国現代フェミニン史上のレジェンドとなった。そのうえで、さらなる余談で恐縮だが、個人的な話、一昨年夏に釜山の寳水洞というところに古本屋が数軒並んでる界隈があって、そこの古本屋で偶然河吉鍾の映画評論集「映像、人間救援のメッセージ」という本を見つけた。

-3

2万ウォンぐらいだったか、もちろん俺すかさずその場で躊躇なく購入したんだが、1979年本人の死後出版されたというその本には、当時ソウル建国大学校に日本語を教えに来ていた弱冠25歳、かの有名な四方田犬彦先生の評論文が載っていたりもして二重に驚いた。残念ながら忙しくて中身はまだ読んでいないのだけれどね。それで、件の

「馬鹿どもの行進」という映画だが、

3年前くらいにソウルの映像資料院のイベントだかで俺はじめて見ていると思う。この映画、当時維新体制下の韓国社会における若者の閉塞感やら倦怠ムード、それにもめげずに俺たち健気に生きているんだ、を主題にした作品ではあるらしいんだが、見に来てた韓国人の学生らとかはあまりピンときてない感じだったね。テーマが重いわりに出てくる登場人物たちがひたすらカラ騒ぎするのが妙に痛々しいばっかりで。だからこれひょっとすっと1975年当時、果たしてほんとうに若い世代に受けてたかどうか俺的にはそうとう疑わしい。映画に共感しつつもそれと同時に己の抱える現実を真っ向突きつけられるわけだし、劇場出てもヘビーな気分だけが胸にわだかまってひたすら辛くなるだけだったんじゃなかろうか。それとも案外みんな平気で、

marchoffool
”바보들의 행진” 1975 하길종

鯨とり


さあ旅立とう

東海の海へ
三等、三等、緩行列車
汽車に乗って

さあ旅立とう
東海の海へ
神話に息づく
鯨を狩りに


重い足取りひきづって劇場出たには出たが、勢いでどっかの安い幌馬車か鉄砲酒場に雪崩込み、一同揃って辛気臭さにどっぷり沈んで、通行禁止時間ぎりぎりまで焼酎とかマッコリとか安酒に酔いどれてはキムチ臭い息を相互に吐きちらかしつつ、裸電球の下ああでもねえこうでもねえと一斉に映画の感想をド真剣に議論したり社会批判を絡めて無闇な怒りをこみ上げさせたりとか、大学生がそういった青臭い自我のぶつけ合いをするのは当時の韓国当たり前な時代だったのかもしれん。なんだかんだ言ってもこの時代、大学生といえば社会のエリート階級であるという幻想がいまだ生きていたわけですよ。ま、いずれにしても詳細は想像するしかないんだがこの映画、70年代当時の小汚いソウルの街の様子や中流層素人アガシらの風態やライフスタイル、ソウルのエコノミー酒場街の夜風景、その他背景となる社会風俗を興味本位で垣間見るうえでは俺的には有益であると言えないこともない。

またたとえば、主人公(役名ピョンテ)が金もないのに見栄張って女たちを酒場に誘うシーンがあるんだが、案の定勘定足りず腕時計預けてツケにしてもらうところとか、日常のリアルな現場に落ちていそうなエピソードで70年代の韓国映画としてはわりと斬新だ。腕時計でツケにするシーンは裵昶浩の1984年の映画「鯨とり」でも、金秀哲演じる悩める大学生(役名やはりピョンテ)によって反復されるのだが(やはり早死した李晩熙の「太陽に似た少女」1974年、の中でも見られる)このころの崔仁浩のギャグは「ギャグコンサート」などに見られるリアルタイムな韓国的肉弾ギャグの魂に今も密かに通底しているんじゃないかと思うのはこの俺だけか。いま見れば脱力したメタギャグも当時は相当にアバンギャルドだったに違いない。

でもま、やっぱ俺がこの時代の若い韓国人だったら正直言ってこんなの観ないで、100%ブルースリーの映画見に行ってたに違いないだろうな。もともと辛気クサいのいやだし、せめてエロければだけど対してエロくもないし(裸のシーンがあるにあるが、男の裸だ。兵役審査で肛門見せするシーンに気が滅入る)仮にデートで彼女連れならこれは女の人はなかなか楽しめない内容でしょう。(みもふたもないが)。そういえば資料院のイベント、たしか当時売り出し中のチャンギハ?だったかがゲストで来ていて、飄々ととぼけて鯨とり歌ってたのがじつに印象深かった。チャンギハと宋昌植はなんの関係もないんだろうが、

국도극장
1975年当時の国都劇場
現在ソウル特別市乙支路3街ホテル国都/베스트웨스턴 프리미어 호텔국도)


宋昌植原曲「鯨とり/コレサニャン」こそ何を隠そう映画「馬鹿どもの行進」のメイン挿入歌であり、映画公開後にはどういうわけか「禁止曲」に指定され放送やレコードの販売はおろか、公演で歌うことも禁じられてしまった。禁じられたその理由は俺には今はっきりわからないが、禁止曲となったことで、一介の映画挿入歌「鯨とり」がその後伝説化されることになってしまったのはじつにアイロニー。歌は映画の劇中において河載永演じる永哲という青年が東海の海の断崖から自転車に乗ったまま飛び込み自殺を図る場面で印象的にかぶる。

ついこの間までやってた少女時代のユナとチャングンソク主演のKBSドラマ「ラブレイン」第4話で、サヨクな歌手志望貧乏大学生が摘発覚悟でライブハウスで禁止歌「鯨とり」を歌うシーン(서인국-고래사냥)があり、観ていて俺うかつにも目頭が熱くなってしまったりもしたが、ついでに言っておけばその学生役を演じていたのが今や大韓民国最高の耳目を集めるオーディション番組「スーパースターK」の初代グランドチャンピオン=ソイングクであったという点ゆえ、”めまいするような37年間という時の流れ”、これをいちどきに体感せずにはおられなかったこと、実は俺、ここで白状しておきたい。

「ねえねえ、あれ禁止曲じゃないの?」
「禁止曲だぞ、こんなとこで歌ってもいいのか?」
「黙って聞きなさいよ」

「…あのね、なんでこれが禁止曲なんですか?!酒のんで歌って踊っても俺の心は晴れやしない、のどこが?これのどこが退廃潮なんですか?なにが風紀紊乱なんですか?…」
 







 

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  • Kim Myung-Gon Sound Vol.1
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    Ave Maria - Sarang Gwa Pyunghwa 1978




    All songs arranged & performed by
    Kim,Myung-Gon (1952-2001)



    https://soundcloud.com/koreastationnouveau/sets/kim-myung-gon-sound-vol-1







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